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DV の父(毒親)との生活 私(妻)の機能不全家族

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妻です。

ブログ開設から1週間が経ち、

夫婦でバタバタしていましたが、

少し落ち着いてきました。

 

今回は私の過去(幼少時)の

機能不全家族の話をします。

 

内容が結構エグいので、

不快に感じる方もいるかもしれません。

前もってお詫び致します。

申し訳ありません。

 

DV の父との生活

父は調理師免許取得者です。

修行は厳しく、昔は包丁が飛んだり、

下駄で蹴飛ばされるなど、技術は見て盗むなど、

昭和の世界はハラスメントだらけの時代でした。

 

店の開店は、私が母のお腹にいた頃だそうです。

出産後は、退院後直ぐにおんぶをしながら

厨房で父をサポートしていたそうです。

 

自宅は1階が店舗、2階が住居になっており、

私達兄妹(2つ上に兄がいます)いつも

2階でネグレクト(育児放置)状態に

なっていました。

 

父は母に依存性が高く、

怒鳴り散らしながら

自分の思い通りにならないと

母に熱したフライパン等を押し当て、

火傷を負わせるなど、

箸の上げ下げまで気に入らないと

大声で圧力を掛けていた姿を

ずっと見てきました。

 

兄もADHDの要素をもっており、

父の日本酒のグラスが

目の前に有ったために飲んでしまい、

躾と称したDV を受けている姿は

非常に恐ろしく、

2メートル位ぶっ飛んでいく

兄を何度も目に焼き付いています。

 

乳幼児の私の潜在意識の記憶は、

つかまり立ちの頃、

ベッドのゲージ内でいつもTVがお守りでした。

母への愛情の飢餓はとても大きくありました。

 

父は、乳幼児の私に

ミルクを与える時間すら母から奪い、

母は、子育てに対する後悔があったと

苦しい感情をいつも抱いていました。

 

母方の親戚が私達兄妹をいつも哀れみ、

あちこちの叔父叔母に

世話をしてもらっていました。

いつも玄関先で母が迎えにくるのを

じっと待っていた記憶が鮮明に残っています。

 

通常、3歳頃から乳幼児期の記憶は

成長と共に薄れるはずなのですが、

愛着障害なのか、

自閉症スペクトラム (ASD)の要素から

くるもか分かりませんが、

脳の傷となりきちんと記憶に残っています。

 

私の出生は父にとって特別の扱いで、

気持ちの悪い程の溺愛をしていました。

 

そのため、母や兄はDV のストレスから

私を怒りのサンドバックとして八つ当たりし、

機能不全家族となっていったのです。

 

私は常々父のご機嫌をとり、

母と兄を守る役目をしていました。

いわゆる『よい子ちゃん』です。

 

母は父のDV を兄を守るために盾となり、

私は立ち尽くしていました。

恐怖しかありません。

そしていつも父は私を囲い込むのです。

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