毒親 妻の体験談 機能不全家族 体験談

DV父と母の離婚後の生活 機能不全家族

更新日:

妻です。

今回はDV父と母が

離婚をした後の話を記載致します。

毎度の事ですが、大分重い内容です。

前もってお詫び申し上げます。

DV父編はまだまだありますが、

私(妻)の1度の離婚を機に

一旦終了させていただきます。

 

①離婚後の父の様子

 

兄は父からの連絡にのり、

車の免許取得のため、

父と何度か川原で練習すると言い、

会い始めた。

回数が増えて行くうちに

おこづかいが貰えると兄は私に伝えてきて、

『お前も来いよ』とか

『会いたがっている、連れて来いと言われた』

と言われ、しぶしぶ兄妹で面会した。

その時、

『お父さんは出稼ぎでここに来ている。

大家に挨拶に行って子供たちを紹介する』

と。。。

離婚を隠しながら生きている父は

妄想の中の人だと思った。

戸籍では、

もう3人は父から離籍しているので、

住民票をみれば分かってしまうことも

理解が難しい様で。。。

 

今思うと、重度の学習障害(LD)と、

複数のパーソナリティー障害を

抱えているのではと思ってしまう。

パーソナリティ障害 いかに接し、どう克服するか (PHP新書) [ 岡田尊司 ]

そういえば、

離婚前の飲食店をしていたころ、

メニューにチャーハンを

『チャハン』

と書いていた父がいた。

ローマ字で名前も書けない人だった。

 

②離婚後、子供たちに伝えてきた言葉

『店は母が潰した。

お金を上手く回せなかったアイツが悪い』

 

私は知っている。

父はレジ金からお金を使い

パチンコに行っていたことを。

 

車もよく変えていたことも。

 

見栄で部落の人に付けでおごっていたことを。

 

母は実家にお願いしてお金を借りていたことを。

 

母は自分の原付免許を担保に

アコムで借り入れしていたことを。

 

仕入れ先で未払いの請求を

催促されていたことを。

 

店は父が潰した。

 

どんぶり勘定の父は

母の苦労を分からない愚かな生き物でしかない。

 

③離婚後の母

母は生活のため、

必死に残業をして帰宅してきた。

 

職場で12歳年上の独身男性がいて、

母から仕事の効率を教えてもらううちに

好意をもったと。

その男性は、私達子供たちの未来を考え、

自ら父親になりたいと名乗り出てくれた。

母は

『生きるために再婚しても良いか』

と言い私は賛成、

兄はしぶしぶ合意した。

 

実父は再婚に対して、

『男を作って裏切った』

と言った。

 

私は実父よりも子供の心に寄り添ってくれる

養父の方が父だと感じた。

 

母と養父の子供に対する愛の生きざまを、

私は誇りに思っている。

 

④私(妻)の一度目の結婚

私は22歳の時に1度目の結婚をした。

その時も実父は元夫のことを

会ってもいないのに、

平気で呼び捨てにしたり、

会ってもいない孫を

会った様な話し方をする

この妄想に寒気がしたことを覚えている。

 

28歳で離婚が決まった時、

実父は相手先に乗り込むと言い、

『あなたが出る場所ではない』

と一喝した覚えがある。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

-毒親, 妻の体験談, 機能不全家族, 体験談

Copyright© 大人の発達障害・愛着障害ブログ 『こころのまなび』 , 2018 All Rights Reserved Powered by STINGER.