毒親 妻の体験談 機能不全家族

機能不全家族の呪縛(前編)

更新日:

妻です。

この記事は私の体験談です。

私の目で見たこと、感じたことを切実な

思いで打ち込みたいと思います。

家族構成

家族は、

父、母、兄、妹(私)の4人です。

父は調理師

母は父の補佐

兄は2つ上

これが私の家族構成です。

兄の出生

 

母はなかなか子供が出来なかったそうです。

子宮は中学生くらいの発育だったらしく、

排卵の機能も良くなかったようで、

不妊治療をして兄を授かりました。

妊娠が分かった時、

父は他の男性の子ではないかと

母を疑ったそうです。

妊娠中期に早産しかけたと

言ってました。

産まれてきたときは小さく、

しばらく保育器に入っていたそうです。

父はA型(AO型)

母はB型(BO型)

兄はO型(OO型)で産まれたので

父はABO式血液型を理解していないため

O型で産まれた兄を自分の子と

認識することが難しいようです。

私の出生

母が私を身ごもった時、

父は飲食業を始めたそうです。

妊婦の調理場での立ち仕事は

辛かったと言っていました。

そろそろ産まれそうだから、

お酒は控えてねとお願いしていたにも

関わらず、父は晩酌をして大いびきで

寝ていたそうです。

2人目の出産は出てくるのが早く、

破水して痛みに耐えながら、

父を蹴って起こして、

飲酒運転で産婦人科へ行ったそうです。

大柄な助産婦にかつがれて階段を

上がっているときに、

もう既に頭が出てきたと聞きました。

昭和時代で飲酒運転とか、

ゆるーい時代背景を感じます。

私はAB型(AB型)

父には分かりやすい血液型だったのか、

私は溺愛されることになります。

 

父の店 母の立場

開店当初、とても繁盛していました。

父は調理場でメインを作る。

母は注文をとり、付け合わせを準備する。

昭和時代を生きてきた人は

なんとなく雰囲気を読み取って頂きたい。

父は、がらっぱち(下品、落ち着きがない)

江戸っ子?(喧嘩っ早い)

仁義無き戦い?トラック野朗?

ヤクザ、チンピラ、不良、大将、

とにかく柄が悪い。

並べたら結構ありますね(笑)

調理師免許を取るまでの修行中は

下駄や包丁が飛んでくる世代の男です。

母は、父の補助というより

奴隷でした。

 

脳裏と母の証言

私が赤ちゃんの時、

授乳は哺乳瓶をタオルで固定して

放置するしかなかったそうです。

飲ませる時間がなく、戻ってくると

哺乳瓶は転がって、

泣き疲れて眠っていることが多かったそうです。

そのうち手で哺乳瓶を持つようになりますが、

げっぷが出来ないので、

大量に吐いていたそうです。

(詰まったら死んでました)

現代で言うネグレクト状態。

母は、父をサポートしないと

DVをされるから仕方なかったと。。。

 

私の脳裏には、

ベビーベットの柵越しに

いつもTVがついていました(おもり役)

この柵は牢獄のように

私をいつも閉じ込めていました。

 

季節は冬。

TV近くにストーブがあり

ベットからおもちゃを投げ

ストーブの上に落ち、

危うく火事になりかけました。

母は匂いで気付き、ことなく終えました。

 

2歳の兄なりの判断だろう。。。

兄妹は2Fで放置され、

泣いている私が可哀想だったから、

チョコレートを私の口の中に。。。

乳幼児の私は窒息しかけました。

その後、兄は父に殴られるはめに。。。

 

(この子育てで良いのでしょうか。。。)

生々しい恐怖

① 地域のお祭

兄がコップの中身を飲んだ

見る見る顔が赤くなり、第三者が発見!!

「おい!!お前んちのボウズ、顔真っ赤だぞ!!」

父「てめー!!」

兄は父に殴られ、2メートルくらいぶっ飛んだ

父の側にあったコップ

側にいた兄

中身は日本酒だった

(これを父はしつけと思っている)

 

② 調理場

父「やい!とろとろしやがって!!」

父「いつまでかかってんだ!!」

熱したフライパンは母の腕に押し付けられる

火傷を負う

(これを父は調理師として母に教育していると思っている)

 

③ プール

私はプールで父に投げられて

溺れた

第三者に助けられた

(父は遊んでいただけ

溺れているとは思わなかった

私がふざけていると思っていた)

この時から水の中の音、水の中の風景など、

今でも恐怖感があり、泳げません。

 

父の印象

 

【家での父】

  • 内弁慶
  • ドスの利いた声で家族を支配していた
  • すぐキレる
  • 母を罵倒し命令する
  • 私を溺愛していた

【外面】

  • お人よし

母の印象

  • 父に支配されている人
  • 殴られる兄を必死に守る人
  • 兄を溺愛する人
  • ヒステリック
  • 私に体罰を与える人
  • どぎつい女
  • 冷酷な人

兄について

  • 多動傾向があり、いたずらも多かった
  • 父に殴られる役目を持っている
  • 私をよくいじめた
  • 私を盾に使う
  • 私を利用する

私について

  • 暗黙のルールにより家庭内の調整役をしていた
  • 手のかからない大人びた子供だった
  • おとなしく、気を使う良い子だった
  • 兄の生活習慣等の世話をしていた
  • 親のふりをして保護者欄の記入を兄妹分記入していた

構造

父は王である(加害者)

母は奴隷である(被害者)

兄は奴隷の子である(被害者)

私は王の子として扱われた(目撃者・仲介者)

 

しかしもうひとつの構造があり、

母は女王である(加害者)

兄は女王の子である(加害者)

私は女王と女王の子の奴隷である(被害者)

 

支配下に置かれる立場により

役割はガラリと変わりました。

弱肉強食の世界で安心なんてありません。

成長により変化

兄と私が成長していくにつれ、変化が起こります。

中学生になるとそれなりに考え方をもって

発言や行動をします。

力でねじ伏せていた父は通用しなくなっていきます。

母をかばい始める兄妹となり、母が優位に立ちます。

この機会を見逃さず、母は離婚します。

 

父と母の離婚

父は自分の店を大切に扱っていませんでした。

母に店を全て任せ、昼間から酒を飲み

ごろごろしていました。

店の経営もどんぶり勘定だったので、

しまいにはそこそこの借金を抱えました。

母は外で働き始め生活費を稼ぎに行きました。

店を閉め、父は転職を繰り返していました。

母は帰りが遅かったので

兄妹で夕飯を作ったりしていました。

母は父と寝室が嫌だと私の部屋に逃げてきます。

父は3日で仕事を辞めてきました。

母と口論になりました。

父「オレにまだ働けというのか!!」

母「ぶっ殺してやる」

竹刀を振りかざしました。

離婚届

母は私に

「お兄ちゃんはお母さんと行くけど、

あなたはお父さんに可愛がられていたから

お父さんと残る?」

この言葉は傷がとても深いです。。。

「父の世話はもういやだ!!お願いします!!

どうか見捨てないで、一緒に連れてって下さい」

当時中学生の私は土下座をしてお願いしました。

 

父は離婚の意味が分かりませんでした。

どうして離婚なのか?

父「おまえら、おれを捨てるのか」

だだ、悲しく言っていました。

 

家兼店舗の売却

父は売却が決まるまで家にいました。

食べるものもなく草を食べたと言ってました。

住む場所も決めなかったから

車で生活したと言ってました。

父は自分のことが出来ない人でした。

 

これが幼少から思春期までの経験です。

前編を振り返り

 

前編を作成中、何度も過去と向き合うので

手が止まってしまうことが多々ありました。

親という同じ土俵に立ち、

過去を見つめると

親の行動が理解出来ず、

しばらく苦しみました。

この辺りも分析して

打ち込めたらと思っています。

 

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